記号を喰う魔女
記号を喰う魔女
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浦賀 和宏
講談社 (2000/05)
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おすすめ度の平均: 5

5 久々の秀作。
5 カニバリズムはタブーなのか???

勢いに任せて再読完了。記憶としては「カニバリズム」「時間軸ではシリーズ最古」「番外編的」くらいなものしか残っていなかったので今回も楽しめた。食欲なくなるかと思っていたけど合間に普通に飯食えた。

『記憶の果て』以来となる全編同一視点で描かれる。小林の一人称的三人称なので一人称ではないけど。それと今までの視点人物よりかは心の強さ(折れなさ)を持っている。不安定になると暴力に訴えたりするけど発狂までは至っていない。それと小林に視点を与えたからか、難解な熟語連発。「凛呼」「風脚」「百会」とか変換候補に出てこないものも登場。まず中三じゃ使わない知らないだろう、という熟語群だが、それらと改行の少なさ、人物の会話に「」を使用しない場面も多くすることで雰囲気作りを行っている。読んだ読者に想像させるだけではなく、文字の配置からページの構成から読者に雰囲気作りさせているような感じ。これまでの作風から変化させているので、雰囲気の変化世界観構築の一助になっているのだろう。

また、カニバリズム、魔女、民俗学などの衒学的な色添えで異様な孤島の状況を物語世界内で「あってしかるべき状態」へと誘っていく。これまでの連作でだいぶ慣れていたのでそう感じただけかもしれないけど。いきなりこの世界観ぶつかってきたら「変な話」と一蹴されることもあるだろう。

テーマがカニバリズムだけあって猟奇的な描写が次々と登場。よくここまで書くねという感じ。特に「63」章。淡々とそんなことをよく描ける。こちらは読者なので拒否反応覚えたらページを閉じるなり読み飛ばすことできるけど、作者は頭の中で想像してそれを逐一明文化するわけだから頭の中グロ映像満載なわけで俺なら途中で書けなくなるだろう。さすが作家。「65」章の安藤の言葉は作者自身の宣言みたいにも取れるね。

とまれ、孤島の大量殺人ものというミステリではありがちな舞台設定ではあるけど、特異なものに仕上がっているので書店から姿消す前に抑えておく価値あると思う。いきなり手を取っても構わないけど、シリーズ順番に読んでおくと登場人物たちの言葉の意味もニヤニヤして読めたりするので「順番通りに読んだ方がいい」という但し書きつきですが。小林がカッコイイ。そして、今回も泣き虫女登場。毎回誰か泣き喚くな。

# そういえば一行明らかな誤植あったなぁ。文庫に落ちることあるならば直して欲しいところ。というか文庫に落としてください>講談社

ここで終わらせようと思ったけどどうにもモヤっとしている部分があるので、自身への備忘録兼ねて以下ネタバレ注意。シリーズ前作までの部分にも触れるので注意ということで記していく。

この物語の「安藤」

読み終えた後に再度ぱらぱらとページを繰ってみたが、「安藤」は「安藤」としか書かれていない。「裕子」の文字が欠落している。この物語の「安藤=安藤裕子」なのか。そして、『時の鳥籠』ノベルス版 p221 から安藤裕子の口から語られる中学の冬休みに合宿に行った際の出来事なのか、ということ。それと『時の鳥籠』の安藤裕子と『記号を喰う魔女』の安藤が別人格みたいに見えてしかたがない。ということで以下『記号を喰う魔女』の安藤は「安藤」、『時の鳥籠』の安藤裕子は「安藤裕子」という括弧つきで記していく。

『時の鳥籠』の「安藤裕子」も視点を持っていなかったが、浅倉から見た分には「安藤」よりは感情を表に出していた。坂本が死んだ際には涙も見せた。この涙や感情の表出が「安藤裕子」の演技だと言ってしまえばそれでおしまいだが、どうにも差異を覚えてしまう。「安藤」は徹頭徹尾冷静で取り乱すことがなかった。最後まで静謐(作品内で多用されていたので踏襲)で平気で人を喰らい、それを他人に勧めていた。小林に殺されかけた時こそ怯えたものの、それは死を感じたからだろう。そんな「安藤」と友人の前で涙する「安藤裕子」との間に齟齬が見られる。友達だったという坂本も放心状態の中で無理矢理友達になったようなものだし(坂本からの了解がない)。

「安藤裕子」が浅倉に語るには孤島には担当の教師も同行していたということにもなっている。もちろんこれは方便の可能性が高い。教師抜きで合宿し、その上大量殺人。五体満足だったのは天文学部員たちだけでその他全て死亡やら異常終了。そんなことを浅倉に語るわけには行くまい。それと、小林が本作終盤で「安藤」の子供には直樹の名をつけろという。これに「安藤」は了解したのだから「安藤直樹」という名に覚えがないはずがないのだが、浅倉から安藤直樹という名を知っているかと聞かれても首を横に振った。織田直樹という忘れがたい男から取った名なのだから忘れるはずもないだろう。ということで、やっぱりすっとぼけているだけと考えるのが妥当なんだろうか。かなりの演技派だな「安藤裕子」。

そもそも下の名前が出てこないのだからこの「安藤」が「安藤裕子」であると名言されているわけでもなし。『時の鳥籠』で小林、山根、石井、坂本の名が出てきてもそれが本作の彼らであるという確信もできない。ありふれた姓の者ばかりだから別人の可能性もある。そこらへんの疑う可能性がある状態に作られているんだろうけどね。要は作者の術中にはまっているわけでござんす。

そういえば本格ミステリにありがちな変てこな名前が出てこないというのも浦賀作品の特徴でもあるね。そこら辺が先行作家たちを意識してのことなんだろうけど。現実にありうる名前の登場人物たちを配置して特異な世界を構築して開陳。麻耶みたいにせっかく作った世界をぶっ壊すわけでもなく、そのまま継続させて世界を更に広げていき、時には循環させる。本作でもケルトの十字架で円環がどうこうとか言ってたな。

小林

『頭蓋骨の中の楽園』で首をワイヤーで切っているからやはり同じ人物なのだろうね。そうなるとやはり『時の鳥籠』で語られていた孤島は本作の角島のことになるのか。素直にそう捉えた方がいいんだろうね。

感情的になって暴力振るったり時には揺らいだりしたけど常に「安藤」のことを守るという意志だけで動いていた。これまでのシリーズにはいなかったタイプの視点人物。最後「安藤」の告白にうろたえるも最後まで好きだったんだから偉いカッコイイ。ぶっこわれなくてよかった。この物語から『時の鳥籠』までの間が空白なので、安藤直樹の父親が小林なのか「安藤裕子」の実父なのかが気になる。どっちなんだ。

以前の感想で「安藤裕子と実父が肉体関係を持っていたかどうかは曖昧」みたいなこと書いたような気もするけど、本作でやっぱりその通りだったのね、なんて。登場人物に処女性を求めるわけじゃないけど、近親相姦ってのは個人的に厳しい。それこそ禁句にしたい。自分がそういう経験あるとか妄想するとかはしたこともないししたくもないのだけど(グロテスクだ)、他人のことでもそれはしたくないのだった。ここは理屈とかでなくて心が受け付けるかどうかの問題。「それはいかんよー」となってしまう。

で、ここで書きたいのはせめて安藤直樹は小林と安藤裕子の間に授かった子であって欲しいということ。俺の記憶では「安藤実父と安藤裕子の間の子になっている」ので、それを回避したいわけである。『頭蓋骨の中の楽園』で安藤直樹がわざわざ小林家のもとに訪問しているのだし、その行動組んで欲しいってわけで。

でも、浦賀作品の前ではそんな感情は「弱い」ものになっちまうね。特に本作。優性論全開だからねぇ。弱いやつは死ね、喰われろ。おーこわ。小林が「安藤」に心臓の音聞かせたのが救い。あ、それで心に変化生じて「安藤裕子」は浅倉の前で涙を流したのだろうか。

というような感想というか備忘録でした。

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