講談社 (1998/02)
売り上げランキング: 249,226
在庫切れ

記憶
おもろいよ
不思議な不思議なミステリィ
デビュー時以来の再読完了。
いやはや俺の記憶抜けていたので面白かった。浦賀氏デビュー当時、俺は大学生で作家になりたいなんて思っていたりもしたんでちょいちょい書いてたりしていたのですが、年下でしかも19歳で講談社ノベルスでデビューだなんて羨ましくて嫉妬の対象でしかなくって読んだあとも面白かったけど「脳についての箇所なんて参考文献まるまる移してんだろ、けっ!」とか難癖つけていたりもしたんですが、それはまだ俺がお子様だっということで。今読み終えたらそんなことはどうでもいいことでござんした。後半一気読みでしたよ。
そしてジョージ・ウィンストンが聞きたくなったので見かけたら買おうかな、と思った。そしてノベルス版と文庫版に差異はあるのだろうか、と思った。今回読んだのはノベルス版。これしか持ってないのですが。
ということで以下『記憶の果て』、なぜか法月氏の『頼子のために』のネタバレしつつ感想書きますのでお気をつけを。
それと m-freak さんの記事に Trackback でございます。
安藤シリーズ唯一の安藤一人称視点作品にしてシリーズ第一作。彼が笑みを失った顛末が描かれているという点に注目。この大学進学前の事件を体験することで彼は「僕」という一人称を失う。自身の出生の秘密を知り、他人の秘密を知り、傷つき、傷つけあわなければ生きていけない、その現実を生きていくために彼が決めたこと。そして笑わない名探偵となっていくのだ。以降の作品では彼以外からの視点となり、それぞれの彼への印象の文などを注意深く読んでいくと興味深いかと思う。
名探偵
ミステリ世界における名探偵。全てを解き明かし他人の懐に土足で侵入するいけ好かない存在。安藤はそんな名探偵を否定する。本来のミステリならば金田が名探偵役を授かるはずだったが、安藤は金田を物語世界から排除する。殴りつけた際に四つんばいになった金田の姿に
今の金田は、とってもちっぽけで――、無様に四つんばいになって、床に血溜まりを作り――
と感じる。ミステリにおける絶対的存在を敗北させることで、名探偵の存在基盤などは脆弱でしかないことが示される。一人称視点人物はワトスンであり、名探偵の引き立て役。それを否定することで「私」は物語世界が古典コードで構築されたミステリであることを拒絶する。
名探偵の退場の後は「私」である安藤が物語世界を閉じる役を担うことになるのだが、そこに理想的名探偵の姿はない。すべては自分を満足させるためだけに動く名探偵だ。佐々木の隠していた心のうち、事実を暴き自身を納得させる。コンピュータの裕子が生まれた真相も推測で納得させる。古典的名探偵ならば証拠を用意しそこからめくるめく推理を展開していくはずが、安藤はそれをしない。彼は名探偵ではないからだ。名探偵的な行動――他人へ介入し暴き立てる行動――をしつつも、それは登場人物全てを納得させるため、読者を納得させるためもない。安藤自身を納得させるための行動だ。
これは京極夏彦氏が推薦文に寄せた「敬意ある挑発」の一つだろう。
出生
裕子とは誰か。コンピュータの裕子は何なのか。これは物語内の大きな謎。幹として貫かれている。人の裕子は姉ではなく実母。コンピュータの裕子は実母ではなく双子の妹(安藤が決めたことであるが)。ここでは人の裕子の出生について掘り下げる。
今回の再読で「あ、これは『頼子のために』の変奏だ」と直観的に思った。類似点は多い。『頼子のために』で頼子は実父伸之と関係し子を授かる。頼子が父と関係を持ったのは母海絵に対する当てつけであり攻撃。海絵はそれに対し夫を操作することで頼子に死を与えた。『記憶の果て』では安藤の父浩と裕子が関係し、佐々木が手を下した。それぞれの母が直接引導を渡したか否かの違いはあれど、似ている。頼子は子を産まずに世を去ったが、裕子は子を残して去った。名探偵という存在に意識的な浦賀氏が法月作品に目を通している可能性は高いと思うので(根拠なし)、浦賀氏は頼子が子を産んだ世界を描きたかったのかもしれない。
しかし、これは筆者(俺)を納得させるため満足させるためだけの推測で根拠はない。子が生まれたところで救われはしない。真相を知れば自分を傷つけることしかないのだが。閉幕間近で安藤が夢に見た明るい情景。それはやはり夢で現実ではない。理想的な世界は存在しない。あるのは他人との摩擦ですり切れるだけの世界しか存在しない。安藤に見えた裕子の姿も幻。現実ではない。
何の問題もない。
彼女はここにいる。
俺がそう決めたんだ。
世界は自分で決めるのだ。
AKIRA
いや、登場人物がコミックの『AKIRA』と被ってるな、と思っただけで。手元に『AKIRA』ないから全て確認できないけど、「鉄雄」「金田」「山形」は出てきたな、と。作者の遊び心だろうけど。AKIRA の金田は思索型の人間じゃないし。山形が脇役というのは共通しているか。
最後に
もっと気の利いたことを書こうと思ったんだけど批評力落ちているな、と痛感したのでやはり「感想」ということで。
安藤の世間に対するスタンスが鬱々としていてよいですね。ヒキだニートだと言葉が比較的認知されているこのご時世だから共感される方は多いかと。というか俺の現状がまさしくそれなんで。後味爽快と言えない結末。その読後感が心に残り、印象となり詳細は覚えていなくとも「ああ、なんか暗い話だったな。それでも引きつけられる」という思いが心を占める。せつなさと違う胸に残る別の傷というような。若い頃の高揚、希望、萎縮、失望、喪失などなどが埋め込まれた青春小説という側面が強い。ミステリ的、SF的な要素が詰め込まれていても、戻ることのできない10代の頃に思いを馳せたりなんかして。もう若くはないんだなー。
気になるのは浅倉で次作の『時の鳥籠』が彼女の物語というのは知っているのだがこれまた話をすっかり忘れているので楽しみですな。ははは。安藤みたいにリストカットすれば俺の記憶の果てまでたどり着けるのだろうか。やらないけど。
Popularity: 25%



TBありがとうございます。
素晴らしいレビューですね。「頼子のために」の変奏だという指摘には納得させられました。「頼子のために」は法月氏の作品の中で一番好きな作品なんですよね。
その点も、私が「記憶の果て」を好きになった一因かもしれません。今後ともよろしくお願いします。
Said by m-freak April 28, 2005 at about 19:27
コメントありがとうございます。
さっき気づいたんですけど『頼子』との類似性についてはメフィストの座談会で触れられてました。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/8027/mephi/zmemory.html
昔に読んだ座談会の記憶もうっすらと上ってきたのかもしれません。
再読なのにかなり楽しめたので、やはりこの作家ただものじゃない! と思いました。
こちらこそよろしくお願いいたします。
Said by 積読野郎 April 28, 2005 at about 20:53