ネタバレしてます。ページ数は文庫版です。
講談社 (2003/08)
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ある意味普通
麻耶雄嵩氏の第六長編。麻耶作品でのシリーズキャラクタがほぼ全員登場。
京都比叡山の白樫屋敷で首切り殺人が発生。居合わせた雑誌『京趣』の編集者如月烏有と安城則定。事件の報を聞いて以前より関心のあった事件との関わりを見出していた木更津悠也。歪な家族構成の白樫、那智一族の中で起こった事件。彼らは事件の真相に迫れるのか。緻密に組まれたアリバイ時刻表を崩せるのか。
以下ネタバレ。エラリイ・クイーンの『十日間の不思議』についても言及していますので注意。
麻耶氏の作風として
- 閉鎖的空間の構築
- 構築した閉鎖的空間の破壊
- 本格のコード(お約束)ないしガジェット(小道具)を散りばめつつ、それらに対して批評的
- 本格から逸脱しているように見えて逸脱していない
という特徴がある。付け加えるならば「再読しないと読み取れないような伏線」ということも上げられる。今回で言えば各章冒頭の登場人物たちの話。彼らは白樫、那智の一族の名前を変える前の姿で描かれている。しかし物語内では誰が誰に相当するのかは記されていない。『木製の王子』の考査ページ「麻耶雄嵩『木製の王子』徹底解剖(求道の果て)」にて人物対応表が記されているが、根拠が分かり易く記されていないので、根拠を明確に記しながら進めて行く(一読で分かりませんでした)。それぞれの描写がいつの時点のものか明確にされていないが、読み終えれば答えは出てくる。個々が殺害される時の描写であったり、回想だ。彼らは彼らの視点で語ることを許された時――一人称ではないが――や死の間際には作者から本名を与えられて死を迎えたのだ。それが「救済」の別の側面なのかもしれない。
また、文庫版では姓が変更されていることにも注目されたし。理由は福井健太氏の解説にあるように文庫版出版の時期の阪神のメンバーが変更されているためと思われる。
1. 白樫、那智一族の本名
白樫、那智一族は京都に本拠がある「ヨハネの教」と協調関係にある宗教「聖家族」のメンバーだ。血の繋がりはないが、擬似の家族として生活していた。「聖家族」になる際に整形をし、役所にいる「ヨハネの教」のメンバーの力を借りて戸籍を手に入れたと思われる。以下、その本名と「聖家族」での名前、その根拠を表として記す。
(「麻耶雄嵩『木製の王子』徹底解剖」を参考にしています)
| 聖家族名 | 本名 | 根拠 | 該当ページ |
|---|---|---|---|
| 白樫宗禎 | 井川久之 | 「遥か昔に封印した記憶」とは「満州」であり、満州を日本が統治していた頃の年代。視点が男性であるのは宗禎、規伸となるが、母により殺害されているので、逆転家系図における母に殺害されたのは宗禎しかいないため、井川久之=白樫宗禎となる。 | 192~193 |
| 白樫尚佳 | 下柳時子 | 久之と同時に母により殺害されているので、白樫尚佳=下柳時子となる。時子は久之の弟で、嫁いでいたので姓が井川ではない。 | 192~193 311~312 |
| 白樫宗尚 | 矢野佳伸 | 決定的なのは作中の木更津の指摘。「宗尚の本名は宗晃の裏に秘められた名前である”佳伸”あるいは”伸佳”である可能性が高い」(p435)という言葉だ。木更津の類推だが、作中で矢野佳伸の視点があることで確実だろう。「裏に秘められた名前」とは晃佳、宗伸で使われていない字の「佳」「伸」のこと。 p108 の尚子とは安城の実母であり、宗尚の元妻。事件の前に実兄の手によって殺害されている(p399~p400)。伸子が殺害される場面で「お願いします」という同じ言葉を出すので紛らわしい。 |
108~109 358~359 |
| 白樫伸子 | 安藤牧枝 | p13~14 で殺害される。安城視点だと p408 で殺害。p13~14 では「兄に殺害され」るとなると、通常家系図ならば規晃となるが、逆転家系図だと宗尚が兄となるので、兄が宗尚なら殺害されたのは伸子となる。よって、白樫伸子=牧枝となる。 | 13~14 |
| 白樫宗伸 | 吉野俊紀 | 秩序を破壊することを願っていて、行動に移した。閉幕の際に「救済」の餌食にならなかった関係者は彼だけであるので、白樫宗伸=吉野俊紀となる。 余談となるが p346 の視点人物は宗伸かと。神を託され逃げ延びたのは宗伸なので。 |
85~86 129~130 |
| 白樫晃佳 | 藪朋美 | p258~260 前半までは思い出の「父(実父)」と「新しい父(ヨハネの教信者の新しい父)」で、大段落明けてからは今となる。今の「新しい父であり、神」であるのは宗晃しかいない。通常家系図の場合は父はいても神はいないからだ。逆転家系図で「父であり神」を持つ女性は晃佳しかいないので、白樫晃佳=藪朋美となる。 | 129~130 258`260 |
| 白樫宗晃 | 不明 | 逆転家系図で神。 | 85~86 |
| 那智規伸 | 久保田幸夫 | 該当ページでの独白で、年配の男と知れる。年配の男は宗禎との二人だが、宗禎は逆転家系図の母に殺害されている。よって、那智規伸=久保田幸夫となる。 | 46~48 |
| 那智晃子 | 金澤千恵子 | 久保田と同時に殺害されているので、那智晃子=金澤千恵子となる。 | 46~48 |
| 那智規晃 | 谷中景司 | 特定できる材料は少ないが、消去法で行くと谷中景司の候補者は規晃しかいないので、那智規晃=谷中景司となる。 | 292~294 |
| 那智禎佳 | 伊良部京子 | 禎佳も材料が少ないが、消去法で伊良部京子しか残らないので、那智禎佳=伊良部京子となる。 | 332~334 |
| 安城則定 | 矢野(?)規禎 | 宗尚、矢野尚子との実子であるので。 |
以上のようにして、白樫、那智一族の本名が明らかとなる。描写から攫っていかないとまず分からない。根拠を確認しながら作業したが途中混乱した。
名前に使われている「宗」「禎」「尚」「佳」「伸」「子」「規」「晃」で構成されている。これは宗尚の本名「佳伸」、元妻「尚子」、実子「規禎」、「聖家族」の神へ与える造語の「宗晃」の4名の名前から組み合わされている。これは木更津の口から語られているのだが分かりにくい(p435)。推測するしかないが、宗尚が「聖家族」を構成する最初の段階で神の名は決めていたということなのだろう。本名と元家族の名前に神の名前を加えて「聖家族」の図面を引き始めたのである。
2. ここでは書かないこと
宗尚の犯行動機、晃佳の殺害方法、真犯人については書かない。それは「麻耶雄嵩『木製の王子』徹底解剖」において語られていることに異を唱えないため。きっちりまとめられているので補足することもないので。
3. p346 の独白の主は誰か
登場人物の「聖家族」名、本名の表の宗伸の欄で余談として書いたことである。ここで記しておく。
該当ページでの独白は文庫版で僅か9行の短い大段落。キーワードとしては「神を抱いて逃げろとあいつは云った」「あいつの金のいくらかは自分の隠し口座に移し替えてある。一生食うに困らない金だ」「神? 神なんか途中で捨てればいい。自分には関係のないものだ」などがある。これらのヒントだけで宗伸と分かる。
p85~86 や p129~130 の独白も頭にあれば秩序の崩壊=聖家族の崩壊を望んでいた者ということがわかり、それに該当するのは宗伸だけだからだ。金を有している者の口座を自由に扱えるのは宗尚の渉外役だった宗伸くらいにしかできないということもある。
4. 「聖家族」とその崩壊
宗尚が欲し、築くことができなかった家族。それを再現するために作られたのが「聖家族」だ。「ヨハネの教」との関係は協調関係にあるとしか記されていなかったが、登場人物の独白の端々に「聖家族」的でない描写がある。例えば p311~312 の下柳時子が職場の同僚関本朝江との会話で幸せな気分になれる寄り合いに興味を示す場面。「聖家族」は表だった布教というものは行っていない。この寄り合いに興味を持った時子が「聖家族」に参加するにはなんらかの仲介役が必要ということになり、それが「ヨハネの教」なのだろう。
「ヨハネの教」の信者となった時子が「聖家族」に参加するには宗旨替えとなるので「ヨハネの教」を脱会しなければならない。よって、「聖家族」の参加者は皆「元ヨハネ信者」となる。脱会した者らの宗教に対して協調関係というものがあり得るのかは無知のため不明だが、分派という捉え方がなされていたのだろうか。それならば協調関係頷ける。
元ヨハネの信者のみで構成された「聖家族」の崩壊が始まったのは宗伸が疑心を抱いてから。支配されていると感じた時からだ(p85~86)。直接の引き金となったのは安城が現れた時から。晃佳(朋美)から安城が規禎とであるということを聞かされた時だ(p129)。p129 の「あの男」=安城である。安城が規禎ならそれは即ち「魔」の出現。逆転家系図で言えば安城と晃佳は夫婦。魔と結ばれた者は「救済」されなければならない。死ななければならない。逆転家系図によって支配されている「聖家族」にとってはその運命は逆らえない。生き残れるのは魔の影響を受けていない宗伸と宗晃だけ。そこに目をつけた宗伸が聖家族の崩壊を止める理由はない。安城が上手く振る舞うのを願うのみ、手を下さず聖家族の崩壊を達成できる形だ。
これはエラリイ・クイーンの『十日間の不思議』を喚起させる。事件を裏で操っていた真犯人と宗伸と状況が似ている。しかし、その事実をエラリイが終幕で見出したのと異なり、木更津は見出せていない。木更津の麻耶作品での立ち位置は「理想的な名探偵」だ。失敗は許されない。徹頭徹尾名探偵でなければならない。記述者が望む天才でなければならない。そのような役割が与えられているからこそ、木更津は真相を看破しないし、作者によってさせられないのである。ここで真相を看破させれば木更津にもエラリイと同じ苦悩を背負わせる結果になるかもしれない。事実、他の作品においても麻耶は木更津に真相を見せていない事件もある。
今回の事件では作中で真相を看破した人物はいない(描かれていないだけかもしれないが)。最終的な真相は読者のみぞ知る形となり、既定ミステリの作品内で全て明らかにする、ということはなされていない。これは麻耶作品ではままあることだが、一応の解決は見せているので深読みしない読者にとってはあってもなくてもいい真相だ。特徴であげた「本格から逸脱しているように見えて逸脱していない」というのも、一応の解決がありそれが保険となっているからだ。それでも真相が用意され、注意深く読んでいけば分かるように描かれていることに関して脱帽だ。
5. 事件年表
作品内で行われた主な殺人に関しては時系列が明確だが、宇治の事件、倉田信彦の事件などが絡んでくると時系列が乱れてくるのでここでまとめてみることにした。名前が似通っていたり、以前の禎佳規晃夫妻などが絡んでくると混乱するので自身のための備忘録兼ねて。
月日不明のものは年のみ表記。
| 年 | 月日 | 事象 |
|---|---|---|
| 1970(?) | 規禎生まれる。矢野尚子、規禎を連れて宗尚の元を離れる。 規禎は安城の母に誘拐され則定として育てられる。 |
|
| 1973 | 宗尚、美術展新人賞で世間に登場。 | |
| 1980 | 11.15 | 安城、安城家の者でないことを知る。 |
| 1986 | 規晃、禎佳が殺害される。宗伸が穴を掘らされた。 宇治の土砂崩れ事件発生。男女二名(規晃、禎佳)の遺体発見。 木更津、プラチナの指輪発見。 安城、母から実子でないことを告げられる。 安城、山口の飯塚の元へ。 白樫屋敷に焼却炉設置。 |
|
| 6 | 倉田信彦、白樫屋敷のガス交換に訪れる。禎佳の行動が不審。 | |
| 6.12 | 倉田信彦ガス爆発により死亡。 | |
| 1988 | 4 | 安城、創華社入社。 |
| 1989 | 宗晃を手に入れ、「聖家族」完成。 | |
| 9 | 倉田、白樫屋敷取材。 | |
| 10 | 安城、単身白樫屋敷へ。 木更津、白樫屋敷とマークの関連性に気が付く。 |
|
| 11 | 今鏡家連続殺人事件発生(『翼ある闇』)、解決までの間に木更津推理や山篭り。 倉田に誘われ、晃佳とともにクラシックコンサート鑑賞。 |
|
| 12 | 二度目のコンサート鑑賞。宗伸も参加。 | |
| 1990 | 1 | 安城、編集部に異動。 |
| 1.18 | 安城、烏有白樫屋敷に取材。晃佳殺害される。 | |
| 2 | 安城、倉田白樫屋敷に弔問。禎佳が宗禎、尚佳を殺害し自害。 安城、白樫屋敷に招待される。ジェノサイド。 |
|
| 4 | 烏有と桐璃結婚。 |
6. 香月実朝
木更津へ、解決のヒントとなる「TVドラマのような家族」を与えた香月。彼が崇拝する探偵への助言は的確だった。やはり、この記録者はただものではない。『木製の王子』が香月の一人称だったらどうなっていたのだろう、と思うと面白いのか面白くないのか分からない。
とまれ、香月の探偵への屈折した愛情にはにやりとしてしまう。
7. 如月烏有
いてもいなくてもよかった存在。徹底されたアリバイ時刻表の滑稽さと、それを必死に説こうとする烏有の姿が重ねて思われてしまい、字義通り「烏有」な存在としてこの物語に登場したのだろう。彼がアリバイ時刻表を解けずにピプルの会から姿を消したのと同時アリバイ時刻表に関する徹底さも薄れたのだから。禎佳自害の際に再度俎上に上がるも、それはただの確認に過ぎなかった。
しかし、どこに探偵の素質があるのか分からない男だ。

麻耶雄嵩「名探偵木更津悠也」読了。…
なにげに全作読んでる麻耶雄嵩。
いちおうネタバレは追記部分に続けます。…
Said by 島根ではたらく社員のBlog(ブログ) DVD、本、デジモノの感想を書くよ June 4, 2006 at about 20:40